「今度、お茶会があるから来ませんか?」と誘われたとき、嬉しさの中に不安がよぎることはありませんか。普段着物を着慣れていないと、お茶会に着ていく着物のルールがわからず、戸惑ってしまうのは当然のことです。
私も最初は「場違いな格好をして、先生や招待してくれた方に恥をかかせたらどうしよう」とドキドキした覚えがあります。実はお茶席の装いで最も大切なのは、高価な着物を着ることではなく「その場にふさわしい調和」を大切にすることなのです。
この記事では、初心者の方でも安心して当日を迎えられるように、お茶会に着ていく着物のルールや選び方のポイントをわかりやすく解説します。基本さえ押さえておけば、お茶席は決して怖い場所ではありません。季節や格のルールを味方につけて、自信を持って当日を楽しんでみましょう。
お茶会の種類で着物が変わる?
お茶会と一口に言っても、実はその規模や形式によって雰囲気がまったく異なります。これから参加する会がどのタイプなのかを事前に確認することが、着物選びの第一歩です。
まずは、代表的なお茶会の形式を整理してみましょう。
| 形式 | 特徴 | 雰囲気 |
| 茶事(ちゃじ) | 少人数で懐石料理からお茶まで楽しむ | 厳格・フォーマル |
| 大寄せ(おおよせ) | 大人数で気軽にお菓子とお茶を楽しむ | 比較的カジュアル |
1. 本格的な「茶事」と気軽な「大寄せ」の違い
もっとも格式高いとされるのが「茶事」です。これは亭主(主催者)が少人数の客を招き、炭を継ぎ、懐石料理を出し、濃茶と薄茶を振る舞うフルコースのおもてなしを指します。
茶事
長時間にわたり正座をする必要があり、客側にも高い知識と作法が求められる場です。服装も最も格の高いものが求められるため、一つ紋以上の色無地や訪問着を選ぶのがマナーとなります。
大寄せ
一方で、多くの人が参加する「大寄せ」は、もう少し開かれた雰囲気のお茶会です。大きなお寺や市民ホールなどで開催されることも多く、当日券で入れるような気軽な会もあります。こちらであれば、少し控えめな小紋などでも許容される場合があります。
2. 招待状や案内で確認すべきポイント
お茶会に誘われたら、まずは案内状や招待してくれた方の言葉をヒントに、会の趣旨を探ってみましょう。
開催場所
ホテルの広間で行われるのか、由緒ある茶室で行われるのかによっても選ぶべき着物は変わります。ホテルなら少し華やかさがあっても良いですし、古い茶室なら落ち着いた色味が好まれます。
記念の会かどうか
「先生の古希のお祝い」や「襲名披露」といった記念の会であれば、祝意を表すために少し華やかな装いを心がけます。逆に「月釜」と呼ばれる毎月の定例会なら、あまり気負わない装いが馴染むでしょう。
お茶会にふさわしい着物の格とは?
着物には洋服の「フォーマル」や「カジュアル」にあたる「格(かく)」という概念があります。お茶の世界では、この格を重んじることが相手への敬意表現そのものになるのです。
1. 相手への敬意を表す「格」の考え方
なぜお茶席で「格」がうるさく言われるのでしょうか。それは、お茶会が単にお茶を飲む場ではなく、亭主と客が互いに心を通わせる「一期一会」の場だからです。
亭主は道具や掛け軸、お花に趣向を凝らして客をもてなします。その心尽くしに対して、客側も「敬意を持って参りました」という気持ちを服装で表現するわけです。Tシャツで結婚式に行かないのと同じで、その場の空気を壊さないためのドレスコードだと考えてください。
2. 立場によって変わる着物の選び方
自分がそのお茶会でどのような立場にいるかによっても、選ぶべき着物は変わってきます。
正客(しょうきゃく)
客の代表となる立場です。亭主と対話をする重要な役割があるため、最も格の高い装いが求められます。紋付の訪問着や色留袖などがふさわしいでしょう。
連客(れんきゃく)
正客以外のお客さんのことです。正客よりも格を上げないことがマナーとされています。派手になりすぎず、かといって粗末にならないような、調和のとれた装いを心がけます。
3. 迷った時に基準にするべきルール
もし「どの着物を着ていけばいいかわからない」と迷ったら、まずは「柔らかい素材の染めの着物」を選ぶのが鉄則です。
織りの着物
大島紬や結城紬などの「織りの着物」は、どんなに高価でもカジュアルな普段着扱いになります。基本的にはお茶席には不向きとされているので注意が必要です。
染めの着物
後染めの「垂れもの」と呼ばれる着物は、体に沿う柔らかさがあり、お茶室での所作を美しく見せてくれます。訪問着、付け下げ、色無地、江戸小紋などがこれに当たります。
初心者に一番おすすめな色無地
これからお茶を始める方や、最初の一枚を作ろうと考えている方に、私が全力でおすすめしたいのが「色無地(いろむじ)」です。
1. 一つ紋を入れると使い勝手が良い理由
色無地とは、柄のない一色染めの着物のことです。これに「一つ紋」を背中に入れるだけで、略礼装として扱われ、ほとんどのお茶会に対応できるようになります。
背中の紋
紋が入ることで着物の格がグッと上がります。縫い紋であれば仰々しくなりすぎず、茶事から大寄せ、稽古まで幅広く使えるので非常に便利です。
2. お茶席で馴染む色の選び方
色無地を選ぶときは、自分の肌色に合うことはもちろんですが、お茶室の雰囲気に合うかどうかも想像してみましょう。
- サーモンピンク
- 若草色
- 藤色
これらの明るく上品なパステルカラーは、お茶室の畳や土壁の色とも相性が良く、顔映りも明るくなります。逆に、黒や紺などの濃すぎる色は、喪服を連想させたり、お祝いの席には暗すぎたりする場合があるので避けたほうが無難です。
3. 控えめながらも品格がある理由
色無地には柄がないため「地味ではないか?」と心配される方もいます。しかし、実はお茶席においては、その「柄がないこと」こそが最大のメリットになるのです。
お茶席の主役はあくまで、お道具やお花です。客の着物の柄が主張しすぎると、亭主が用意した道具の取り合わせと喧嘩してしまうことがあります。色無地ならその心配がなく、帯合わせ次第で華やかにもシックにも装えるため、お茶人にとってこれ以上ない心強い味方となります。
華やかな訪問着や付け下げはいつ着る?
色無地が万能だとわかっていても、やはり絵羽模様のある華やかな着物も着たいですよね。訪問着や付け下げは、お茶会の華やかさを演出する大切な役割を持っています。
1. 初釜や記念のお茶会での装い
訪問着や付け下げが最も活躍するのは、お正月に行われる「初釜」や、お祝い事に関するお茶会です。
初釜
新しい年を祝う華やかな席なので、明るい色合いや縁起の良い柄の着物が喜ばれます。会場全体が華やぐため、少し派手かなと思うくらいの柄でも丁度よいことが多いです。
2. 柄のボリュームと派手さの加減
訪問着は肩から裾にかけて絵画のように柄が繋がっていますが、お茶席ではあまりにも大柄で派手なものは避けたほうが良いとされています。
座った時の見え方
お茶席では正座をしている時間が長いため、膝前の柄がどう見えるかが重要です。また、上半身に柄が多すぎると、お点前を頂戴する際にごちゃごちゃした印象を与えることがあります。
3. 訪問着と付け下げの使い分け
最近では訪問着と付け下げの境界線が曖昧になっていますが、基本的には柄の付け方で判断します。
訪問着
縫い目をまたいで柄が繋がっているのが特徴です。格が高く、結婚式などにも使われます。
付け下げ
柄が縫い目をまたがないように配置されています。訪問着より少し控えめな印象ですが、お茶席ではこの「控えめさ」が好まれることも多く、重宝します。
江戸小紋ならお茶会に参加できる?
小紋は基本的にカジュアルな着物ですが、「江戸小紋」だけは例外的な扱いを受けます。遠目には無地に見えるその繊細さが、武家社会の裃(かみしも)に由来する格式を持っているからです。
1. 遠目には無地に見える江戸小紋の魅力
江戸小紋は、非常に細かい型紙を使って染め上げられています。近くで見ると精緻な柄があり、離れると無地に見えるという「粋」な特徴があります。
この「無地に見える」という点がポイントで、色無地と同等の格を持つ着物として、お茶席での着用が許されているのです。ただし、すべての江戸小紋が良いわけではありません。
2. 格が高いとされる江戸小紋の三役
江戸小紋の中でも、特に格が高いとされる柄が決まっています。これらに紋が入っていれば、略礼装として堂々とお茶席に着ていくことができます。
- 鮫(さめ)
- 行儀(ぎょうぎ)
- 角通し(かくとおし)
この3つを「江戸小紋三役」と呼びます。お茶会用として江戸小紋を選ぶなら、まずはこの3つの柄から選ぶのが間違いのない選択です。
3. 普通の小紋がNGとされる理由
一般的な「小紋」は、柄が全体に繰り返し染められている着物です。これは洋服で言うとプリントワンピースのような感覚で、おしゃれ着としては素敵ですが、改まったお茶席には不向きです。
お稽古
普段のお稽古であれば小紋でも問題ありません。先生の方針にもよりますが、動きやすく汚れても気にならない服装として楽しまれています。
着物に合わせる帯の選び方
着物が決まったら、次は帯選びです。着物の格に合わせた帯を選ばないと、チグハグな印象になってしまいます。「織りの帯」を選ぶのが基本ルールです。
1. 二重太鼓で締める袋帯が基本
お茶席に締める帯は、基本的に「袋帯(ふくろおび)」を選びます。袋帯を「二重太鼓」という結び方にすることで、「喜びが重なるように」という縁起の良い意味を持たせます。
長さと重厚感
袋帯は名古屋帯よりも長く、金糸や銀糸が使われているものが多いため、重厚感があります。訪問着や色無地には、この袋帯を合わせるのが最も正式なスタイルです。
2. 金銀糸が入った名古屋帯の活用
最近のカジュアルなお茶会や大寄せでは、袋帯ではなく「名古屋帯」でも良いとされる場合があります。ただし、カジュアルすぎるものはNGです。
格のある名古屋帯
金糸や銀糸が織り込まれた、格調高い柄の名古屋帯であれば、色無地や江戸小紋に合わせて締めることができます。背中の「お太鼓」が一重になるので、軽やかで動きやすいというメリットもあります。
3. 織りの帯と染めの帯の使い分け
帯にも「織り」と「染め」がありますが、着物とは逆のルールが存在します。
織りの帯
糸を織って柄を出している帯です。格が高く、お茶席やお祝いの席に向いています。
染めの帯
生地に後から絵を描いた帯です。こちらは趣味性が高くカジュアルな扱いになるため、お茶会には基本的に締めていきません。
季節に合わせた仕立ての違い
着物は季節感をとても大切にします。気温や暦に合わせて「仕立て」を変えることが、着物を着る上での重要なルールであり楽しみでもあります。
| 時期 | 種類 | 特徴 |
| 10月〜5月 | 袷(あわせ) | 裏地がついている。透けない。 |
| 6月・9月 | 単衣(ひとえ) | 裏地がない。透けない。 |
| 7月・8月 | 薄物(うすもの) | 裏地がない。透ける素材。 |
1. 10月から5月までの「袷(あわせ)」
一年のうち、最も長く着ることになるのが「袷」の着物です。裏地(胴裏と八掛)がついているため温かく、しっかりとした重みがあります。
お茶会のシーズンである春や秋は、基本的にこの袷を着ることになります。特に10月の「衣替え」でお茶の世界も一斉に冬支度へと変わるため、季節の節目を感じる瞬間でもあります。
2. 6月と9月に着る「単衣(ひとえ)」
季節の変わり目である6月と9月には、裏地のない「単衣」を着ます。見た目は袷と変わりませんが、着心地が軽く涼しいのが特徴です。
最近の傾向
最近は温暖化の影響で、5月や10月でも暑い日が増えています。お茶の先生によっては「無理せず気温に合わせて単衣を着ても良い」とおっしゃる場合もあるので、臨機応変に対応しましょう。
3. 真夏のお茶会で着る「薄物(うすもの)」
7月と8月の盛夏には、「絽(ろ)」や「紗(しゃ)」といった透け感のある「薄物」を着ます。見た目にも涼やかで、同席する方々にも涼をお裾分けするという日本人の心遣いが表れています。
長襦袢
着物が透けるため、下に着る長襦袢も夏用の白いものを合わせます。透けて見える白い長襦袢が、清潔感と涼しさを一層引き立てます。
お茶席で好まれる色と柄のルール
お茶会では「季節感」がご馳走の一つです。しかし、季節を表現しすぎると野暮になってしまうという、少し高度な美意識があります。
1. 季節を少し先取りする柄の選び方
着物の柄は「季節を少し先取りする」のがお洒落とされています。例えば、桜が満開の時期に桜柄の着物を着ると、本物の桜と競ってしまい野暮だとされることがあります。
蕾の時期
桜が咲く直前や、散り際の時期に着るのが粋です。お茶席では、実際の自然の美しさを邪魔しないような配慮が求められるのです。
2. 道具やお花と被らないための配慮
お茶会では、亭主が季節に合わせたお茶碗や掛け軸を用意しています。もし、その日の主役であるお道具の柄と、自分の着物の柄が丸被りしてしまったらどうでしょうか。
テーマの重複
例えば「紅葉狩り」がテーマのお茶会に、紅葉柄の着物を着ていくと、テーマが重複してしまい、くどい印象を与えてしまいます。季節の柄を取り入れる時は、あくまで控えめに、抽象的な柄を選ぶのが無難です。
3. 落ち着いた上品な色が好まれる理由
お茶室は、わびさびの世界です。静寂な空間の中で、あまりに彩度の高いビビッドカラーや蛍光色は浮いてしまいます。
- 利休鼠(りきゅうねず)
- 千歳緑(ちとせみどり)
- 紅藤色(べにふじいろ)
このような、日本の伝統色と呼ばれるくすみのある落ち着いた色は、畳や障子の色とも調和し、着る人を上品に見せてくれます。
忘れてはいけない小物の決まりごと
最後に、着物以外の小物についても重要なルールがあります。小さな部分ですが、意外と目立つポイントなので気を抜かないようにしましょう。
1. 足袋は必ず「白」を選ぶ理由
お茶席では、足袋は必ず清潔な「白足袋」を履きます。色付きや柄入りの足袋はカジュアルな遊び着とみなされ、お茶室ではマナー違反です。
こはぜ
足首を止める金具(こはぜ)は、4枚ではなく5枚のものを選ぶと、足首が見えにくく上品です。また、道中で汚れた時のために、替えの足袋を一足持参するのが大人のたしなみです。
2. 半衿は白で清潔感を出す
着物の襟元からのぞく「半衿(はんえり)」も、必ず白を選びます。刺繍がたっぷり入ったものや色柄ものは避け、真っ白な塩瀬(しおぜ)か縮緬(ちりめん)を使います。
顔映り
白い半衿はレフ板のような効果があり、顔色を明るく見せてくれます。清潔感が何よりも大切なので、汚れや黄ばみがないか事前にチェックしておきましょう。
3. アクセサリーや時計を外すマナー
お茶席に入る前には、指輪、時計、ネックレス、ピアスなどのアクセサリー類はすべて外します。
道具の保護
これはお洒落の問題ではなく、大切なお茶道具を傷つけないための絶対的なルールです。高価なお茶碗を手にしたとき、指輪が当たって傷がついたら大変です。懐紙入れやバッグの中にしまっておきましょう。
まとめ:ルールを知って自信を持ってお茶会へ
お茶会の着物ルールは、一見すると細かくて面倒に感じるかもしれません。しかし、その根底にあるのは「亭主への敬意」と「その場の調和」を大切にする心です。
まずは、一つ紋の色無地や、落ち着いた柄の付け下げなど、失敗の少ない一枚から始めてみてください。そして、わからないことがあれば、恥ずかしがらずに先生や先輩に相談するのが一番の近道です。
着物を着て背筋を伸ばし、季節のお菓子とお茶をいただく時間は、日常では味わえない特別な体験です。ぜひ、素敵な着物姿で、お茶の世界を楽しんでみてくださいね。次のステップとして、着物での美しい立ち居振る舞いや、草履での歩き方を練習してみるのもおすすめです。
