着物をあつらえる時、一番ワクワクするのはどの瞬間でしょうか?多くの方はメインとなる表地を選ぶ時だと思いますが、実はそれと同じくらい、あるいはそれ以上に楽しいのが「裏地(八掛)」選びです。
オーダーメイドで着物を作る醍醐味は、見えない部分にまで自分のこだわりを詰め込めることにあります。反物から選ぶからこそできる、あなただけの特別な一着を作る工程は、まるで宝探しのようです。
この記事では、着物のおしゃれを格上げする八掛(はっかけ)選びの魅力について、たっぷりとご紹介します。既製品では味わえない、自分だけの組み合わせを見つける楽しさを一緒に見ていきましょう。
八掛(はっかけ)とは着物のどこの部分?
八掛(はっかけ)と聞いても、着物の構造に詳しくない方にはピンとこないかもしれません。簡単に言うと、袷(あわせ)の着物の裏地の一部で、特に裾や袖口など、外から見えやすい部分に使われる布のことです。
着物を着ている本人にとっては、常に身近に感じる部分でもあります。ふとした瞬間に目に入る色が自分好みだと、それだけで気分が上がるものです。
1. 袖口や裾の裏側につける大切な裏地
八掛は、主に着物の「袖口」と「裾周り」の内側に取り付けられます。裏地全体を覆う「胴裏(どううら)」とは違い、あえて見せることを意識して選ばれるのが特徴です。
具体的には、以下の部分に八掛が使われています。
- 袖口
- 裾の裏側
- 衿先(えりさき)
袖口は手を動かすたびに必ず目に入りますし、裾の裏側は歩くたびに揺れて見え隠れします。まさに、着物の表情を豊かにするための重要なパーツなのです。
2. 歩くときや座るときにちらりと見える美しさ
八掛の最大の魅力は、動作の中に生まれる「ちらり」とした美しさにあります。歩いている時や、椅子に座って少し足元が動いた時、裏地の色がふと覗く瞬間はとても色っぽいものです。
真っ直ぐ立っている時には見えない色が、動くことで初めて現れる。この奥ゆかしさが、着物ならではの上品な色気を演出してくれます。
反物から選ぶオーダーメイドならではの楽しさとは?
反物から着物を仕立てる一番のメリットは、全ての組み合わせを自分で決められることです。既製品の着物はすでに裏地が付いた状態で売られていますが、お誂えならその制約がありません。
「この着物に、あえてこの色を合わせるの!?」というような、意外な組み合わせが自分だけのスタイルを作ります。
1. 既製品では味わえない自分だけの組み合わせ
既製品の着物は、誰にでも似合う無難な色の八掛が合わせられていることが多いです。しかし、オーダーメイドであれば、あなたの感性で自由に色を選ぶことができます。
例えば、シックなグレーの着物に、鮮やかな赤の八掛を合わせてインパクトを出しても良いでしょう。逆に、とことん同系色でまとめて、洗練された印象にするのも素敵です。世界に一つだけの組み合わせが完成します。
2. 着物の表地と八掛をパズルのように合わせる時間
呉服屋さんで反物を選んだ後、次に始まるのがこの八掛合わせです。「これにはこの色が合うかな?」「いや、こっちの方が面白いかも」と、色見本や実際の八掛を反物の上に置いていく作業は時間を忘れます。
この時間は、まるでパズルのピースを合わせているような感覚です。
- 反物を広げる
- 八掛の色見本をあてる
- 遠くから眺める
このプロセスを繰り返すことで、最初には想像もしなかったベストな組み合わせが見つかることがあります。店員さんと一緒に「あーでもない、こーでもない」と悩む時間こそが、お誂えの醍醐味と言えるでしょう。
着物の印象をガラリと変える八掛の色の効果
八掛の色選び一つで、着物の印象は驚くほど変わります。同じ着物でも、八掛の色が違うだけで「落ち着いた奥様風」にもなれば「モダンな街着風」にもなるのです。
ここでは、色の合わせ方によってどんな効果が得られるのかを整理してみましょう。
| 合わせ方 | 印象・効果 | おすすめのシーン |
| 同系色合わせ | 上品、脚長効果、統一感 | フォーマル、お茶席 |
| 反対色合わせ | モダン、個性的、メリハリ | カジュアル、街歩き |
| 薄い色合わせ | 柔らかい、優しい、春らしい | 春先の外出、ランチ |
| 濃い色合わせ | 引き締まる、粋、秋らしい | 晩秋の集まり、観劇 |
1. 表地と同じ色味でまとめて上品に見せる
着物の地色と同系色の八掛を選ぶと、全体に統一感が生まれます。色が繋がって見えるため、すっきりとして背が高く見える効果も期待できるのが嬉しいポイントです。
特にフォーマルな場や、上品に見せたい時にはこの選び方が間違いありません。失敗が少なく、着物初心者の方でも安心して選べる王道のスタイルです。
2. まったく違う色を使って個性をアピールする
一方、着物の地色とは対照的な「反対色」や、あえて目立つ色を持ってくる方法もあります。これこそが、おしゃれ上級者の楽しみ方です。
地味な色の紬(つむぎ)などに、ハッとするような鮮やかな紫や辛子色を合わせると、一気に垢抜けた印象になります。「地味な着物に派手な裏」というのは、着物通が好む粋なスタイルの一つです。
実は奥が深い?八掛のデザインや種類
八掛には色だけでなく、デザインや染め方にも種類があることをご存知でしょうか。単なる無地だけではない、奥深い八掛の世界をご紹介します。
それぞれの種類によって、向いている着物や出せる雰囲気が異なります。
- ぼかし
- 無地
- 柄もの
1. 自然なグラデーションが美しい「ぼかし」
「ぼかし」とは、色が濃い部分と薄い部分がグラデーションになっている八掛です。袖口や裾のふき(縁の部分)には濃い色が来て、裏側の見えない部分は白っぽくなっています。
訪問着や付け下げなどの柔らかい着物によく使われます。グラデーションが上品で優しい雰囲気を醸し出すため、はんなりとした着姿を目指す方におすすめです。
2. 色の強さをしっかり主張できる「無地」
全体が均一に染められているのが「無地」の八掛です。色のインパクトが強いため、紬や小紋など、カジュアルな着物によく合います。
輪郭をはっきりと見せたい時や、アクセントカラーとして色を効かせたい時に最適です。特に濃い色の無地八掛は、着物全体をキリッと引き締めてくれる効果があります。
3. 遊び心を取り入れられる「柄もの」の八掛
無地やぼかし以外に、小さな柄が入った八掛もあります。ウサギや花びら、幾何学模様などが染められた八掛は、見えないところへの究極のこだわりです。
歩いた時にチラッと可愛い柄が見えると、周りの人も「おっ!」と注目するはずです。カジュアルな着物遊びとして、こういった柄物を取り入れてみるのも非常に楽しい選択肢です。
季節感を取り入れる八掛選びのポイント
日本には四季があり、着物も季節に合わせて衣替えをします。実は八掛の色選びでも、季節感を表現することができるのです。
袷の着物は10月から5月頃まで長く着ますが、その中でも「暖かさ」や「涼しさ」を色で演出するのが粋な計らいです。
1. 寒い季節に暖かさを感じる暖色系の選び方
秋から冬にかけて着る予定の着物なら、暖色系の八掛がおすすめです。赤茶色や深みのあるオレンジ、紫などは、見ているだけで温かみを感じさせてくれます。
- ボルドー
- レンガ色
- 辛子色
こっくりとした深い色は、秋冬の景色によく馴染みます。木枯らしが吹く季節に、裾から暖かな色が覗くと、着ている自分も心まで温かくなるような気がします。
2. 春先に向けて爽やかさを出す寒色系の選び方
逆に、年が明けて春が近づいてくると、少し軽やかな色が恋しくなります。春先まで着ることを想定しているなら、薄い水色や若草色、桜色などの明るい色が素敵です。
重厚な着物であっても、八掛に爽やかな色を持ってくることで、春の光に映える軽快な着こなしになります。季節を先取りする色選びは、着物ならではの楽しみ方です。
年齢とともに変えていける八掛の魅力
着物は洋服と違い、体型が変わっても仕立て直して長く着ることができます。そしてその時、八掛を取り替えるだけで、今の自分の年齢に合った着物に生まれ変わらせることができるのです。
これは「八掛交換」とも呼ばれ、着物を長く愛用するための知恵でもあります。
1. 若い頃は華やかな色で可愛らしさをプラス
20代や30代の頃は、少し派手かなと思うようなピンクや赤を八掛に使っても可愛らしく決まります。地味な着物でも、八掛が明るければ若々しい印象になるからです。
お母様やお祖母様から譲り受けた渋い着物も、八掛を明るい色に変えるだけで、若い方が違和感なく着られるおしゃれな着物に早変わりします。
2. 落ち着いた色に変えて長く着続ける楽しみ
年齢を重ねて「昔の着物がちょっと派手すぎて着られない」と感じたら、今度は八掛を渋い色に変えてみましょう。そうすると、不思議なことに着物全体が落ち着いた雰囲気になります。
表地は一生ものですが、裏地は消耗品であり、交換可能なパーツです。ライフステージに合わせて裏地の色をアップデートしていくことで、一枚の着物と一生付き合っていくことができます。
実際に反物に八掛をあててみる時のチェック方法
呉服屋さんでいざ八掛を選ぶ時、ただテーブルの上で並べるだけでは不十分です。実際に着た時の見え方をシミュレーションすることが失敗しないコツです。
ここでは、プロも実践する確認のステップをご紹介します。
- 反物を肩にかける
- 八掛を袖口や裾の位置にあてる
- 全身鏡で離れて見る
1. 顔映りや全体のバランスを鏡で確認する
八掛は顔から遠い裾にあるから関係ないと思われがちですが、袖口の八掛は意外と顔周りの印象に影響します。必ず反物を肩にかけ、袖口に来る位置に八掛をあてて鏡を見てください。
近くで見るだけでなく、2〜3メートル離れて全身のバランスを見ることが重要です。遠目で見た時に、八掛の色が浮きすぎていないか、あるいは馴染みすぎていないかを確認しましょう。
2. 自然光の下で色の見え方をチェックする理由
店内の照明は暖色系のライトが使われていることが多く、実際の色味と違って見えることがあります。可能であれば、窓際や自然光が入る場所まで移動して色を確認させてもらいましょう。
特に微妙なニュアンスカラーの八掛は、光の種類によってグレーに見えたり紫に見えたりします。外を歩く時にどう見えるかを知っておくことは、納得のいくお買い物をするためにとても大切です。
見えない場所にもこだわる日本人の美意識「裏勝り」
日本には古くから「裏勝り(うらまさり)」という言葉があります。これは、表側は質素に見せておいて、裏側にとびきり豪華な布や派手な色を使うという美意識のことです。
この文化を知っておくと、八掛選びが単なる色合わせ以上の意味を持ってきます。
1. 羽織の裏地などに見られる「隠れたおしゃれ」の歴史
江戸時代、幕府から「贅沢禁止令」が出された時、庶民たちは表立って豪華な着物を着ることができなくなりました。そこで彼らは、着物の裏地や長襦袢など、人から見えない部分にお金をかけ、密かにおしゃれを楽しんだのです。
この反骨精神と遊び心が、今の着物文化にも強く根付いています。八掛にこだわることは、この粋な伝統を受け継ぐことでもあります。
2. 自分だけが知っている満足感を味わう
「実はこの裏地、すごく可愛いんです」という事実は、自分だけが知っている秘密の喜びです。誰かに見せるためではなく、自分の満足のために装う。これこそが大人の贅沢ではないでしょうか。
ふとした瞬間にチラッと見えた時、それに気づいてくれる人がいれば、そこから着物談義に花が咲くこともあります。見えない場所へのこだわりは、着る人の心に余裕と自信を与えてくれます。
呉服屋さんで八掛を選ぶ時の相談のコツ
初めてオーダーメイドをする時は、どうやって八掛を選べばいいか分からず緊張するかもしれません。でも、呉服屋さんはプロフェッショナルです。
自分の希望をうまく伝えつつ、プロの知恵を借りることで、想像以上の仕上がりになります。相談する時に準備しておくと良いポイントをまとめました。
- 着ていく場所(TPO)
- なりたいイメージ
- 自分の年齢と、今後どれくらい長く着たいか
1. 自分がなりたいイメージを伝えることの大切さ
「上品にしたいのか」「個性的にしたいのか」「可愛らしくしたいのか」。抽象的でも構わないので、目指すイメージを言葉にして伝えましょう。
スマホで「こんな雰囲気が好き」という画像を見せるのも効果的です。言葉にしにくいニュアンスも、画像があれば店員さんにすぐに伝わります。
2. プロの提案を取り入れて新しい発見をする
自分の好みだけで選ぶと、どうしてもいつも似たような色になってしまいがちです。そんな時は、店員さんの「こんな色も合いますよ」という提案に耳を傾けてみてください。
「えっ、この色は自分では選ばないな」と思うような色が、あててみると驚くほど素敵だったりします。プロの客観的な視点は、新しい自分に出会うきっかけをくれます。
まとめ
八掛選びは、オーダーメイドの着物を作る工程の中で、最もクリエイティブで楽しい時間の一つです。表地との組み合わせに正解はなく、あなたの感性次第で無限の可能性があります。
既製品にはない「自分だけのこだわり」を詰め込んだ着物は、袖を通すたびに特別な愛着を感じさせてくれるはずです。
もしこれから着物をあつらえる機会があれば、ぜひ店員さんと相談しながら、たくさんの八掛を反物にあててみてください。鏡の前であれこれ悩むその時間ごと、素敵な思い出になることでしょう。さあ、あなたならどんな色を裏地に忍ばせますか?
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