着物を着始めると、一度は耳にする「西陣御召」という言葉。なんとなく格が高そうなイメージはあるけれど、実際どんな着物なのか詳しくは知らない、という方も多いのではないでしょうか。
西陣御召は、徳川家の将軍様も愛した歴史ある織物で、独特のシボが特徴です。特に「本しぼ織」と呼ばれる技法で作られたものは、着心地の良さが格別なんですよ。
この記事では、そんな西陣御召の定義や、他の産地との違いについて、わかりやすく紐解いていきますね。
西陣御召とはどのような着物?
西陣御召は、京都の西陣で織られる絹織物の一種です。一般的な紬(つむぎ)よりも光沢があり、柔らかものと呼ばれる染めの着物よりはシャリ感がある、という不思議な立ち位置にあります。
一言でいうと、「織りの着物の中で最も格が高い」とされるのがこの御召なんです。普段着としてだけでなく、少し改まった場にも着ていける懐の深さが魅力ですね。
ここでは、その名前の由来や基本的な特徴について見ていきましょう。
将軍様が愛用したことから名付けられた歴史
「御召(おめし)」という名前、なんだか高貴な響きがしませんか?実はこれ、江戸時代の第11代将軍、徳川家斉公が好んでお召しになったことに由来しています 。
将軍様が着る着物だから「御召」。当時の人々にとって、それは憧れの最高級品だったことでしょう。
単なる衣服を超えて、ステータスシンボルとしての側面も持っていたのかもしれませんね。
「染め」ではなく「織り」で作られる着物の最高峰
着物には大きく分けて、白い生地に色や柄を染める「染めの着物」と、色糸を使って柄を織り出す「織りの着物」があります。御召は後者の「織りの着物」に分類されます。
通常、織りの着物はカジュアルな普段着とされますが、御召だけは別格です。
糸の段階で精練(汚れなどを落とす工程)を行い、先に染めてから織り上げるため、非常に手間がかかっているのです。この工程の違いが、他にはない品格を生み出しています 。
独特のデコボコ感「シボ」が生まれる仕組み
西陣御召の最大の特徴は、生地の表面にある細かいデコボコ、「シボ」です。このシボがあるおかげで、生地が肌に張り付かず、さらっとした着心地になります。
このシボは、緯糸(よこいと)に強い撚り(より)をかけた「御召緯(おめしぬき)」という特別な糸を使うことで生まれます。
織り上げた後に湯通しをすると、糸が元に戻ろうとして縮み、それが美しいシボとなって現れるのです。まるで生きている糸が作り出す芸術のようですね。
「本しぼ織」という言葉の定義
西陣御召の中でも、特に伝統的な技法で作られたものを「本しぼ織」と呼ぶことがあります。これは単なる商品名ではなく、組合によって厳格に定義された呼称なんです。
「本しぼ織」と名乗るためには、特定の製法を守らなければなりません。逆に言えば、この名前がついている御召は、昔ながらの作り方を守り抜いた本物だと言えるでしょう 。
では、具体的にどのような条件があるのか、少し掘り下げてみましょう。
国の伝統的工芸品に指定されている技法
「本しぼ織」は、国の伝統的工芸品にも指定されている由緒ある技法です。効率化が進む現代において、手間ひまを惜しまずに作られている証でもあります。
この指定を受けるには、使用する糸の種類や撚りの回数、織り方など、細かい規定をクリアしなければなりません。
作り手の情熱と技術が詰まった「本しぼ織」は、大量生産品にはない温かみを感じさせてくれます。
縦糸と横糸の両方に強い撚りをかける工夫
一般的な御召は、主に緯糸(よこいと)に強い撚りをかけますが、本しぼ織の中には、経糸(たていと)にも工夫を凝らしたものがあります。糸をねじる回数や強さを絶妙にコントロールしているのです。
この強い撚りが、生地に反発力を生み出します。
糸同士が反発し合う力強いエネルギーが、あの独特の風合いを作り出しているんですね。
お湯の中で揉み込む「湯もみ」で生地が縮む理由
織り上がったばかりの生地は、まだ平らな状態です。これを「湯もみ」という工程でお湯につけると、撚りをかけた糸が一気に縮もうとします。
この時、生地幅が驚くほど縮みます。一説には、織り上がりの幅から3割近くも縮むことがあるそうです。
このダイナミックな収縮こそが、繊細で美しいシボを生み出す魔法の瞬間なのです。
西陣御召と他産地の御召との違い
「御召」と呼ばれる着物は、実は京都の西陣だけで作られているわけではありません。有名なところでは、新潟県の塩沢御召や山形県の白鷹御召などがあります 。
同じ御召という名前でも、産地によってその特徴は驚くほど異なります。それぞれの土地の気候や風土が、布の個性を育てているのかもしれません。
ここでは、よく比較される西陣御召と塩沢御召の違いを表で整理してみましょう。
| 比較項目 | 西陣御召 | 塩沢御召 |
|---|---|---|
| 主な産地 | 京都府(西陣) | 新潟県(南魚沼) |
| 手触り | しっとりとして柔らかい | シャリ感があり、サラッとしている |
| 生地の厚み | 比較的厚みがあり、ドレープが綺麗 | 薄手で軽く、涼やかな印象 |
| シボの特徴 | 全体に細かいシボがある | シボが立っており、肌離れが良い |
| 糸の処理 | 生糸(きいと)を精練して使用 | 真綿糸なども使用されることがある |
新潟県の「塩沢御召」と比較した時の風合いの差
表でも触れましたが、西陣御召と塩沢御召の最大の違いは、その「質感」にあります。西陣御召が「はんなり」とした優雅な柔らかさを持つのに対し、塩沢御召は「キリッ」とした硬質な手触りです。
塩沢地方は雪深い地域です。その厳しい寒さの中で育まれた織物は、どこか凛とした強さを感じさせます。
一方、雅な文化の中心地である京都で生まれた西陣御召は、ドレープが美しく、女性らしい曲線を綺麗に見せてくれます。
柔らかさとシャリ感の違いで見分けるポイント
お店で実物を見た時、どちらか迷ったら生地を少しだけ持ち上げてみてください。西陣御召はトロンとした落ち感がありますが、塩沢御召は紙のようにパリッとした張りを感じるはずです。
この違いは、使用している糸の質や糊の落とし具合によるものです。
どちらが良い悪いではなく、好みの問題ですね。私は、しっとりと体に馴染む西陣御召の感覚がとても好きです。
「後染め」の縮緬(ちりめん)と「先染め」の御召の違い
よく「御召は縮緬(ちりめん)に似ている」と言われますが、作り方は正反対です。縮緬は白い生地を織ってから色を染める「後染め」ですが、御召は糸を染めてから織る「先染め」です 。
この違いは、色味の深さに現れます。先染めの御召は、糸の芯まで色が浸透しているため、色あせにくく、深みのある発色になります。
また、水に濡れた時の縮み方も違います。御召は既に湯通しで縮ませてあるので、縮緬ほど雨を怖がらなくて良いのも嬉しいポイントです。
独特なシボが生み出す着心地の良さ
西陣御召を一度着ると、その着心地の良さに驚かれる方が多いです。「着物が重くない」「体が楽」という声をよく聞きます。
その秘密は、やはりあの「シボ」にあります。単なる模様ではなく、機能面でも大きな役割を果たしているのです。
なぜこれほどまでに着やすいのか、その理由を3つの視点から解説します。
体に優しくフィットする伸縮性の秘密
御召の生地には、実はわずかながら伸縮性があります。強い撚りをかけた糸がバネのような役割を果たしているため、体の動きに合わせて生地が伸び縮みしてくれるのです。
着物は窮屈だと思っている方も、御召なら案外楽に過ごせるかもしれません。
立ったり座ったりする動作が多い日でも、体に負担がかかりにくいのは本当に助かりますよ。
長時間着ていてもシワになりにくい理由
シボによるデコボコは、シワを目立たなくする効果もあります。座りジワが気になって、ついお尻のあたりを触ってしまうこと、ありますよね。
御召なら、復元力が高いので、少々のシワなら吊るしておくだけで自然に戻ってしまいます。
旅行や観劇など、長時間座りっぱなしのシーンでも、美しい着姿をキープできるのは心強い味方です。
裾さばきが良く歩きやすいといわれるわけ
生地表面のシボは、摩擦を減らす役割も果たしています。歩くたびに八掛(裏地)と表地が擦れ合いますが、御召はその滑りが非常に良いのです。
これを「裾さばきが良い」と表現します。
足にまとわりつかず、スッスッと足が出る感覚。颯爽と歩けるので、着物姿そのものが美しく見えますね 。
御召における「格」と着用シーン
「御召はいつ着ればいいの?」という疑問は、多くの着物ファンが抱える悩みです。普段着なのか、それともよそ行きなのか、線引きが難しいところですよね。
結論から言うと、御召は「最高級のカジュアル」であり、「軽めのフォーマル」としても使える万能選手です。
具体的なシーンを挙げながら、その使い勝手の良さを見ていきましょう。
友人との食事や観劇になぜ最適なのか
気のおけない友人とのランチや、ちょっとおしゃれして出かける観劇。そんな時こそ、西陣御召の出番です。
訪問着ほど仰々しくなく、かといって紬ほど砕けすぎない。この「ちょうど良さ」が、大人の社交場にはぴったりなんです。
「良い着物を着ているね」と褒められることも多く、着る人のセンスをさりげなくアピールできますよ 。
お茶席で着る場合に気をつけたいポイント
お茶席では、基本的に「染めの着物(やわらかもの)」が好まれますが、西陣御召なら許容されることが多いです。ただし、無地に近いシンプルな柄を選ぶのがマナーです。
江戸小紋のような細かい柄や、無地感覚で着られるものなら、準礼装として扱ってもらえます。
ただし、先生やお流儀によって考え方が違うので、事前にお仲間に相談してみるのが安心ですね。
「織りの着物」の中で最も格式が高い理由
先ほども触れましたが、御召は将軍様由来の着物です。その歴史的背景が、現代のTPOにも色濃く反映されています。
単なる作業着から発展した紬とは違い、最初から「着飾るための衣装」として作られてきました。
だからこそ、織りの着物であっても、袋帯を合わせればパーティに行けるほどの格を持っているのです。
西陣御召に合わせる帯の選び方
着物の格が幅広いということは、合わせる帯の選択肢も多いということです。帯を変えるだけで、ガラリと雰囲気を変えられるのも御召の楽しいところ。
手持ちの帯を活かして、色々なコーディネートを楽しんでみましょう。
ここでは、シーン別に相性の良い帯の種類をご紹介します。
格を上げたい時は「織りの名古屋帯」や「袋帯」
少し改まった席に行くなら、金銀糸が入った織りの名古屋帯や、軽めの袋帯を合わせるのがおすすめです。これで一気に「よそ行き顔」になります。
- 有職文様(ゆうそくもんよう)
- 幾何学模様
- 正倉院文様
こういった格調高い柄の帯なら、御召の持つ品格をさらに引き立ててくれます。ホテルのランチなどにも堂々と行けますね。
カジュアルに着こなすなら「染めの帯」もOK
逆に、もっと気楽に街歩きを楽しみたい時は、染めの名古屋帯で遊び心をプラスしてみましょう。季節の花や、モダンな柄の帯がよく合います。
御召自体がシンプルなので、帯が主役のコーディネートも素敵です。
紬に合わせるようなざっくりした帯だと少し野暮ったくなることがあるので、塩瀬(しおぜ)や縮緬の帯など、少し艶感のあるものが馴染みます。
季節やシーンに合わせたコーディネートのコツ
御召は生地に張りがあるので、帯もあまりふにゃふにゃしたものより、ある程度しっかりした芯のある帯の方が締めやすいです。
春ならパステルカラーの帯で軽やかに、秋ならこっくりとした色の帯でシックに。
着物自体の主張が強くない分、帯締や帯揚などの小物合わせで季節感を演出するのが、上級者の楽しみ方ですね。
西陣御召が長く愛される歴史的背景
技術や素材の良さはもちろんですが、西陣御召がこれほど長く愛され続けているのには、やはり歴史の重みが関係しています。
単なる流行り廃りではなく、日本の文化として根付いてきた背景を知ると、着る時の気持ちも少し変わってくるかもしれません。
少しだけ時計の針を戻して、そのルーツを探ってみましょう。
徳川家斉公が好んだ細かい格子の柄
「御召」の名の由来となった徳川家斉公は、特に細かい格子の柄を好んだと言われています。これを「御召十(おめしじゅう)」と呼んだりします。
当時は、柄の大きさや色で身分を表すこともありました。
将軍様と同じ柄を着たい、という庶民の憧れが、御召というジャンルを確立させたのかもしれませんね 。
武家や公家にも広まった「高貴な日常着」
将軍家だけでなく、やがて武家や公家たちの間でも御召は広まりました。彼らにとって、儀式用ではないけれど、人前に出ても恥ずかしくない「高貴な日常着」だったのでしょう。
現代で言えば、高級ブランドのセットアップスーツのような感覚でしょうか。
リラックスできるけれど、決して崩しすぎない。その美学は、今の私たちにも通じるものがあります。
京都の西陣で技術が磨かれてきた流れ
西陣は、応仁の乱の後に職人たちが集まってできた織物の街です。宮廷文化を支えてきた彼らのプライドと技術が、御召の品質を支えています。
新しい技術を取り入れながらも、守るべき伝統は頑なに守る。
そんな京都の職人気質があったからこそ、手間のかかる「本しぼ織」などの技法が、途絶えずに現代まで残っているのです 。
本物を見分ける証紙のポイント
いざ西陣御召を買おうと思った時、心配なのが「これって本物?」という点ですよね。似たような風合いの着物はたくさんあります。
確実なのは、反物の端についている「証紙(しょうし)」を確認することです。
これは着物の身分証明書のようなもの。購入する際は、必ずチェックしてくださいね。
西陣織工業組合が発行する証紙の意味
西陣で織られた着物には、必ず「西陣織工業組合」が発行した証紙が貼られています。これがないと、たとえ西陣で作られていても「西陣織」とは名乗れません。
番号が振られていて、どこの機屋(はたや)さんが織ったのかまで追跡できるようになっています。
品質に対する責任の証でもありますから、このシールがあるだけで安心感が違います 。
メガネ型や日の丸マークが示す品質の証
証紙のデザインにも注目です。金色の紙に「メガネ型」のマークがついているのを見たことはありませんか?これは手織りや、伝統的な技法で作られた証拠です。
- 金色の証紙:金糸や銀糸などが使われているものなど
- 緑色の証紙:それ以外のもの
証紙の色やデザインで、ある程度のランクや製法が分かるようになっています。
信頼できるお店で実物を見て触れる大切さ
証紙も大切ですが、一番確実なのは、信頼できる呉服屋さんの店頭で、実物を見て、触らせてもらうことです。
本物の西陣御召は、光の当たり方で表情が変わりますし、触った時のしっとり感が違います。
「良いものを見せてください」と言えば、お店の方も喜んで解説してくれるはずですよ。知識だけでなく、五感で選ぶことが大切です。
まとめ
今回は、着物好きの憧れである「西陣御召」について、その定義や魅力をお話ししてきました。
将軍様が愛したという歴史、そして「本しぼ織」が生み出す極上のシボと着心地。ただ格が高いだけでなく、着る人のことを考え抜かれた機能的な着物だということが、お分かりいただけたでしょうか。
- 織りの着物なのに、フォーマルに近い場でも着られる
- シワになりにくく、裾さばきが良いので歩きやすい
- 帯合わせ次第で、カジュアルからよそ行きまで変幻自在
西陣御召は、一枚あるだけで着物ライフの幅をぐっと広げてくれます。
もしお店で見かけることがあったら、ぜひその生地に触れてみてください。「あ、これがシボなんだ」と実感できた瞬間、きっとあなたも御召の虜になってしまうはずです。
